2011年07月13日

止まり木 / 第二夜 -scene:3-




それは静かにはじまった...
夜の帳に覆われた静寂の中で-----

それは静かに語られた...
微睡に垣間見た夢を紡ぐように-----

セピア色に染められた時間(とき)の欠片たちが...
ゆっくりとその姿を象ってゆく-----


今宵、この店に集りし鳥たちは
止まり木の下、どんな欠片を紡ぐのか-----



男    「それにしても驚いたな... こんな若い女性が私のことを知ってるなんて... 」

女    「私はこれでも一応、ジャーナリストの端くれでして... 
      検事の事は一通り存じ上げてます... 」

男    「そうか... ジャーナリストか... そう云えばあの頃はよく、そんな人達にも檄を
      飛ばしてたな... 」

女    「常に潔白出あらねばならない... それは検事とてジャーナリストとて同じこと...
      歪んだものは正し、虚構に覆われるものは、その真実を明かさねばならない...
      検事がよく豪語されてた言葉ですよね」

男    「そうでなければ世の中が歪んでしまう... そう思わんかな...?」

女    「そうですね... そうであることが望ましいと思います... でもそう云われていた検事が
      何故、審議の最中に引退されたんでしょうか...
      当時のあの事件は裁判の結果次第で、政界にまで捜査が及ぶものと注目されていたのに... 」

マスター 「お客様... どうかもう... 」

男    「いや、いいんだよマスター... 」

マスター 「エ...?」

男    「彼女の質問の答えは、私が今夜ここへ来た事の、答えにもなるんだからな... 」

マスター 「関係があると、おっしゃるのですか...?」

男    「そのまま答えになるな... そう... 点と線で結ばれてるんだ... 」

マスター 「点と線... 」

男    「君が言うとおり... 確かに私は当時、鬼検事と呼ばれ、その過酷なまでの求刑を
      唱える猛者として、その手腕を奮っていた... しかしそれは自分のモラルであり
      天から与えられた使命だとも思っていた... 」

女    「そのお志には敬服します... でもそれなら何故、あの裁判を途中で... 」

男    「それは... 私自身が罪を犯したからなんだ... 」

女    「ご自身が罪を...?!」

マスター 「エ...? 」

男    「いやなに... 別に人を殺めたとか、物を盗んだわけじゃないんだ... ただ... 」

女    「ただどうされたんですか...?」

男    「こそ泥を一匹、見逃したんだ... 」

女    「泥棒を見逃した...? わざとですか?」

男    「そうだね... わざと見逃してやった... 」

マスター 「先生... 」

女    「それって... 」

男    「まったく間の抜けた奴だったな... こともあろうに検事の家へ空き巣に入るん
      だからな... 」

マスター 「それじゃその泥棒は先生のご自宅に... 」

男    「そうなんだ... その日は家内が留守で、ちょうど奴が物色してたところに、私が
      帰宅したんだよ... 」

女    「それでどうなったんですか?」

男    「奴は身体つきは大きかったんだが、私は腕に自信があったんで取っ組み合いになり...
      結果、私が取り押さえた... 」

女    「それじゃそれで一件落着ですよね... 普通なら」

男    「そう... 確かに普通ならそうなんだ... だがそれが違ってたんだな、そこから... 」

女    「違ってた...?」

男    「私は言葉も通じない、見も知らぬ奴の流す涙を見た瞬間... 哀れみを感じた... 」

女    「言葉も通じない...? 哀れみ...?」

男    「彼は青い目をした青年だった... 」

女    「外国人だったんですか... その泥棒って」

男    「涙を流しながら、片言の日本語でポツリポツリと話す奴の話に聞き入った私は...
      幾ばくかの金を渡してやり、見逃してやったんだ... 」

女    「検事が泥棒に金銭を与えた上に、見逃したんですか...?!」

男    「国にいる父親が病気で倒れ、帰りたいのだが肝心のお金がない... それで空き巣に
      入ったとかで... 」

女    「それは単なる言い訳で、案に同情を買おうとした作り話かもしれないのに...? 」

男    「最初はそうも思ったよ... だが、抵抗はあったにせよ、取り押さえようとした私に
      ケガをさせまいと、一切暴力を振るわなかったことも事実だ...
      私はそこに、彼の本心を垣間見たような気がしてな... 」

女    「それでその泥棒の話を信じて見逃したと... 」

男    「そうだ... 」

マスター 「それが検事をお辞めになった理由... 」

男    「仮にも現職の、それも世間では鬼検事と呼ばれる私が、泥棒の現行犯を見逃した上に
      お金まで与えてるんだ... そんな人間に検事を続ける資格はない... 」

女    「そうだったんですか... 」

マスター 「失礼ながら... わたくしは楠木様らしいと思いますが... 」

男    「鬼と呼ばれる私も... 実のところはただの情に絆される人間だったわけな... 」

女    「でもその泥棒の話... 本当だったんでしょうか... 」

男    「ああ... 話は本当だった... しばらくして奴から手紙が届いたからな... 」

マスター 「手紙...?」

男    「そこにはこう書いてあったよ...
      パパは死んだけど... そのパパのそばにいれたのは、あなたのおかげだと... 」




   
タグ:検事
posted by マスターの知人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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