2011年06月12日

ギムレットの誘惑 -scene:2-




         誘惑 .....

         それは心を迷わせ、戸惑い、誘い込まれること ...
         そして、心がおびき出されること ...

         時として人は、それによって悲しみ ...
         それによって喜びに浸る ...

         さて、彼女とってその誘惑とは-----



女    「実を云うと ... このカクテルをこうして口にするのは、3年振りのこと
      なんです ... 」

マスター 「3年振りのギムレットですか ... 」

女    「この街に来て海の青さと潮風にこの頬をなでられたら、急にこのギムレットが
      飲みたくなって、それで ... 」

マスター 「それではこちらも3年振りに ... ?」

女    「そうなりますね。 ... あれからもう3年か ... 」


         彼女は感慨深く、カクテルをゆっくりと口にした-----


マスター 「何か想い出深いことでもあったご様子ですね ... 」

女    「そうですね ... ありましたね、3年前のちょうど今頃 ...
      馴染みのショットバーで、こうして同じようにこのギムレットを飲みながら
      あの人を待っていた ... いつまでも来ないあの人を ... 」

マスター 「いつまでも来ない ...?」

女    「そう... いつまでもいつまでも来なかった... 30分経っても1時間経っても...
      私の隣りの席は空いたままだった... 」

マスター 「結局、いらっしゃらなかったのでしょうか... その方は。」

女    「ええ ... その店にはとうとう現れなかった ... 途中、色々と思いあたる場所に
      連絡したりもしたけど、あの人の声はやっぱり聞けなかった ... 」

マスター 「そうでしたか ... 」

女    「流石に ... 私はあきらめて帰ろうと思い店を出て、タクシーを拾うつもりで
      辺りを見回してたその時、私の視界に彼の姿が飛び込んできた ... 
      とっさに嬉しいやら腹立たしいやら、複雑な心境で思わず声をかけようとした
      次の瞬間、私 ... 声が出なかった ... 」

マスター 「声が出なかった ...?」

女    「ううん ... 正確には出せなかったのよね ...
      だって彼の左隣りには、女性がいたんですもの ... 」
 

         マスターのグラスを拭く手が、一瞬止まった-----


女    「あの時の私は ... 怒りとか悲しみとか、そんな感情の起伏よりも先に ...
      ただ愕然って感じだった ... 」
 
マスター 「 ..... 」

女    「楽しそうだったわ ... 2人とも。少しお酒も入ってるようだったし ...
      それを見た途端、こっちも急に酔いがまわってきて... 後はお決まりの
      ヤケ酒コース ... 何だか馬鹿馬鹿しくって、涙も出なかったな、あの時は。
      ... 確か誰かが云ってた...
       --- 人は悲しみを通り過ぎると、涙も出ない --- って。
      まんざら嘘でもないなって、その時感じた ... 」

マスター 「確かに... そうかもしれませんね... 」

女    「それから色々あったけど、結局あの人のもとへは戻らず、私はこの街を出た...
      そして以前から行きたかった、東京へと旅立った... 」
 
マスター 「東京へ ...?」

女    「... それまでに何度か行こうと思ってたんですけど、どうしても
      自信がなくて、なかなか決心もつかないまま ... 結局行かず仕舞いだったんで」
   
マスター 「そうでしたか...  でもよく決心なさいましたね... 東京へ行こうと」

女    「とんでもない ... 勢いで行っただけですよ ...
      それも半分はヤケで、残りは逃避という勢いだけでね ... 」
   
マスター 「それは... 彼からの、それとも現実からの逃避だったのでしょうか...?」

女    「そうね ... 多分 ... 想い出からの逃避だったかな ... 」

マスター 「想い出からの逃避 ... 」

女    「あの人と過ごした、たった1年 ...
      その1年間の想い出だけを消してしまいたくて私はこの街を出た ...
      3年前に ... 」

マスター 「それでもこうして、この街に戻ってこられた... 」

女    「いいえ、マスター ...  戻って来たんじゃありません ... 」

マスター 「と、申されますと ... 」

女    「結局この街が ... 私の終着駅だったようで ... 」

マスター 「終着駅 ... 」





posted by マスターの知人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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